SHARE
食は、人の生きる楽しみと密接に関係している。山口浩平が重視したのは、このことだった。そして2021年度の異能vationプログラム「破壊的な挑戦部門」に選出され、介護施設で楽しめるフレンチのフルコースを3Dフードプリンターを使って再現する挑戦に挑んだ。
山口は歯科医師で、摂食嚥下リハビリテーション学を専門とする研究者でもある。人は加齢をはじめ、脳卒中やパーキンソン病といった疾患により、噛んだり飲んだりする摂食嚥下機能が落ちてしまうことがある。患者の噛んだり飲んだりする機能を評価し、食べる機能の回復を支援するのが摂食嚥下リハビリテーション学だ。
食べ物の固さや形がその人の摂食機能に合っていないと、誤嚥して肺炎になったり、窒息したりするケースがある。そうしたことがないように用意されているのがペースト食、あるいはミキサー食と呼ばれる食事だが、「正直、味や見た目には多くの課題があるんです」と山口は言う。
「食べる楽しみは、人が生きている限り続くものです。そこが削がれてしまうと、リハビリをがんばりましょうと言っても、どうせペースト食だろう……みたいになってしまって、全然モチベーションがわかないんですよ。リハビリの指導をするときに一番大事なのは、その対象者をモチベートすること。例えば舌の機能を上げるためにリハビリしますといっても、舌の機能を上げたい人なんていないんですよね。舌の機能を上げると今よりもおいしいものが食べられるからがんばるとか、そういう本質的なモチベートをしなければ、リハビリテーションは奏功しません」と山口は説明する。
人をモチベートする力が食にはあるが、現状、日本の嚥下調整食(介護食)には人をモチベートする力はない。ペースト食だけでなく、リハビリをすることでこういったものが食べられるようになるという選択肢を提示したい──。こうした問題意識から山口が着目したのが、3Dフードプリンターだった。
ある3Dプリンターの研究者が、用途のひとつとして嚥下調整食の製造を挙げていた。ただそれも、人をワクワクさせるような力にはまだ乏しいのではないかという印象を山口は受けた。「3Dフードプリンターだけで何とかするのではなく、3Dフードプリンターと料理の技術を持ったシェフの力を融合させれば、人が十分モチベートされる食事が要介護高齢者にも提供できるのではないかと考えました」。このアイデアで、山口は異能vationプログラムに挑戦する。
次回は、異能vationプログラムでの活動について話を聞く。