ふにゃふにゃか、ぷよぷよか、もちもちか……物の柔らかさ(弾性)は触ってみなければわからない。青砥は特殊なカメラ「柔らかさを撮るカメラ」を研究している。撮影するだけのカメラだから当然、非接触・非破壊・非侵襲。データだけで、どのくらいむにゅむにゅしているのかを判明する。
このカメラは、どのくらいしっとりなのか、ベタベタなのか、ネバネバなのかといった粘り気(粘性)も測定できる。
撮影には、超音波と光を使う。超音波アレイで加圧・加振すると、対象物はぷるぷるふるえる。その状態に光を当てて撮影すれば、それぞれの物性情報に特有の光線分布を獲得でき、獲得したデータをコンピューターで分析することによって弾性・粘性を推定する。
「原理自体はシンプルなんです。実はこれ、人間の耳でも同じようなことができているんですよ。お湯を注いだ時と水を注いだ時、何となく音の違いでお湯か水かがわかりますよね。水は温度が変わると粘性も変化するから、それを視覚ではとらえられないけど、聴覚ではとらえられているんです」
人間の勘や手技に頼らず、「何となく」の感覚を超えた正確な測定を目指すのが、このカメラだ。シャーレの水に超音波を当て、徐々に出力を変えて撮影したビデオを見せてくれた。「これ! ここに出てくる光のゆがみがわかりますか? 微弱な超音波の振動で、人間の目にはわからないような変化が出ます。この情報を増幅して解析すると物の性質がわかってくるんですよ」と、青砥。なるほど。
「超音波アレイは『超音波触覚』といって、『実際は触っていないのに触った感じ』を感知させる技術に使われています。ここでは、それを物に非接触で振動を与える技術として応用しているんです」
「産業界では、想像以上に人間のノウハウで製品の品質を維持しているケースが多いんですよ。実際に見て、触って、だいたいこれくらいと調整を繰り返しながらやっていることが多い。厳密に数値化ができなくて、自動化されていない場合が相当にあります」
例えば、素材にフィルムの模様を転写する「水圧転写」。携帯ケースといったアクセサリー類や車の内装パネルなどに使われているが、フィルムの吸水度や転写のタイミングを確認するのは完全に職人技だという。印刷インクの乾き具合、接着剤の硬化度、塗装の上塗りにちょうどよい間隔──と、製造ラインには物の状態変化を正確に察知したいニーズがあふれている。
「人間のノウハウを検証するのは、実はそう簡単ではありません。このカメラはそこを数値化できるので、誰もが視認して使える装置にしていきたいと思っています」
点測定ではなく、二次元測定ができる装置も開発中だ。応用先としては製造業が現実的だが、家庭でも食材の柔らかさの判定に使える可能性があるという。おいしい魚の食べ頃、桃やメロン、アボカドなどの食べ頃が手軽にわかるなら便利だろう。
青砥が手掛けているのは、「コンピュテーショナルフォトグラフィー」と言われるジャンルに分類される。これはコンピューターによる高度な画像処理を前提にすることで、従来のカメラにはできなかった機能を実現しようとする新しい光学技術だ。
撮影後にピントや被写界深度を変更できるライトフィールドカメラ、距離計測ができて自動運転などに活用されているタイムオブフライト(TOF)カメラ、VR撮影ができるカメラといった新機軸の製品も登場してきている。カメラは従来のように目に見えたものを撮影するものではなくなり、カメラの概念そのものがどんどん自由になっている。
「とにかく、いろんなアプローチを試みています。僕のアプローチは大きく分けて2つ。ひとつは物の形を測る『形態イメージング』、もうひとつは物の材質を測る『機能イメージング』です」
機能イメージングでは前述の「柔らかさを撮るカメラ」もユニークだが、「物の材質がわかるカメラ」の発想もユニークだ。これには、TOFカメラを使う。TOFカメラはその名の通り、飛ばした光の反射時間から距離を測るカメラだが、実際の距離と測定距離に誤差が出てしまう。本来はこの誤差をなくすことが性能向上につながるのだが、青砥は「誤差を利用」して材質を見る。
誤差が出る原因は物体表面の光の散乱。散乱の具合を解析すると、その物に触れずともそれが何かがわかるのだ。実験データを見せてもらうと、確かに! 距離計測のゆがみの値が、材質によっての見事に分かれている。
ほかにも、物体内部のある部分をスライス撮影して「見えないところが見えるカメラ」や「散乱だけを撮るカメラ」などなど、青砥の研究プロジェクトは多様だ。このようにアイデアを次々にプロジェクト化しているのは、社会実装を目指しているためである。やってみて見込みがありそうなら、迅速に製品にしていきたいのだ。
「僕は会社(トップテックイノベーション)の経営もしています。大学では新規性と進歩性のあるものを研究して、『これができるよ』と示していきたいです。会社ではそれら技術が『実際に使えるよ』を示して、社会実装をしていきたいんです。研究と社会実装には大きな乖離があるのが実際なんですよね。研究現場からは良い技術がたくさん出てくるのに、なかなか社会的に浸透していかない。僕は、自分自身で生んだ技術を大学で特許にして、会社として買い戻し、広めるところまでやりたいと考えています」
研究者が研究でマネタイズできるようなスキームを、自ら実証したいのだ。
「積層型3Dプリンター、DNAシーケンサーのナノポア法、それこそTOFカメラもそうでした。いずれも日本発の技術。なのに、事業化・製品化は海外から。以前は海外の技術をいち早く製品にしていたのが日本だったのに、現在の社会実装のスピードはかなり遅くなっています。海外なら決定権のある担当者がトントンと話を決めていくのに、日本の企業はそうじゃないんですよ。会社では、事業化をアメリカでやろうとしています。中国の企業ともコンタクトを取っているところです」
弾性・粘性を非接触で測れる装置はほとんど見当たらない。「市場はニッチであっても全部を取りたい」と、青砥は言う。
プロフィール
青砥隆仁(あおと・たかひと)
現在筑波大学助教授、2018年より日本オプテックイノベーションLLCのCEOを務める。2016年奈良先端科学技術大学院大学(NAIST)研究員。2017年国立情報学研究所研究員。2012年と2015年にNAISTで工学修士号と博士号を取得。研究テーマは応用光学と計算写真、計算フィールド、計算ファブリケーション。