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海をまるごと生け簀(いけす)に!

古澤洋将

古澤洋将(炎重工株式会社)は、生体群制御®とロボット養殖で、世界中の海をまるごと生け簀にしてしまいたいと構想している

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取材&写真:ケビン・ザレスキー、文:株式会社アルトジャパン

信念に基づいて超有名企業CYBERDYNE社を退社して地元へ

「まずは湾を丸ごとひとつ、買いたいんです。あり余る資金があるのなら。自分の湾で実験をして、船を使わずに大量の魚を水揚げできることを皆さんに実際に見せたい。それを見た瞬間、世界の水産業に対する考え方はガラリと変わるでしょう」

古澤が語る構想は、「ロボット養殖」。沖合の養殖場(生け簀)で育てた成魚を、自動制御で港に水揚げするシステムだ。このシステムには、古澤が起業した炎(ほむら)重工が開発した技術「生体群制御」が使われる。生け簀の設置は(網を使わない)生体群制御技術で、養殖魚の回収も(船を使わない)生体群制御技術、完全自動化だ。

そんなことが可能なのだろうか。「潤沢な資金があれば実証できます。世界に先駆けて真っ先に実証したいです」と、古澤はこれまでトライしてきた生体群制御の応用発展に自信を見せる。

生体群制御は、水中に設置した複数の電極から魚類(生体)に電気刺激を与えて生体に感覚を生じさせ(「電気触覚」という)、魚群をコントロールするものだ。この感覚受容の仕組みはすべての生物、もちろん人間にもあり、人間は何かに接触された時に皮膚細胞が変形、感覚情報がごく微弱な電気信号となって脳神経系に伝達されて「触られた」と感じる。実際に触っていなくても、機械的な電気刺激で「触られた」と認識させることもできる。つまり魚なら、魚の「触られたくない」と逃げまどう性質をうまくコントロールすれば、群れを自由自在に誘導したり、モニタリングしたりできるようになる。

情熱からスタートしたにもかかわらずその想いだけでなく、古澤の作品は技術的にも非常に驚異的だ。

古澤が、この研究に従事するようになるまで、手応えを感じて起業するまで、水産業界期待のベンチャーとなるまでには、いくつものきっかけとドラマがあった。

筑波大学大学院修了の古澤の専門は、ロボット工学。在学中には人工心臓の研究を手伝う機会があり、生体計測と実験の方法、生体に応用できる電子回路の仕組みを学んだ。就職したのは、医療ロボティクスで国内外に名を馳せるベンチャー、CYBERDYNE。ロボットスーツ「HAL」の福祉用・医療用タイプの電装系設計に従事していた。

入社5年目を迎えようとする春、2011年3月11日。東京で打ち合わせをしていた古澤は、東日本大震災に遭遇した。筑波に戻る手段はなく、自宅に戻るまでに2日を要した。戻るとすぐに食料とガソリンを買い込み、車で北上を始めた。古澤の故郷は、震災被害が甚大な岩手県だ。ありとあらゆるものが崩れ落ち、遺体さえまだ放置されたままのがれきの中を運転し続けた。ようやく到着した地元の風景は、一変していた。

「日常生活が戻っても、全部が破壊されて産業すべてがストップしている東北に早く戻らなくては、Uターンして地元を復興しなくては、犠牲になった人たちに報いなくてはと思い続けていました」

仕事に区切りをつけた古澤は、その道では世界のトップを走るCYBERDYNEを退社して、岩手県滝沢市にUターン。2016年に炎重工を起業することになる。「異能vation」プログラムに採択されたのはその前年の2015年。プログラム助成金をもとに、生体群制御の小さなモデル水槽を作ることができた。それが水産関連メーカーに注目されたため、「これはビジネスになる!」と起業を決心できたという。

水産業と製造業には未来がある

炎重工が掲げるミッションは、「食糧生産の完全自動化」だ。

食糧問題が人類の重要課題であり、第一次産業が重要産業であることなどは誰もが認識していることだ。第一次産業の就労者が高齢化の一途をたどっていることもよく知られている。古澤が、そんな第一次産業のうちでも特に水産業に着目しているのには、古澤なりのビジョンがある。

「僕は養殖マグロの水揚げを体験したことがあります。生け簀は直径50mほどで、人員は30人くらい必要。プロフェッショナルな潜水士しか従事できない作業も多く、彼らが生け簀の中を模索しながら捕獲するんです。水産業は、養殖で効率化されているようでもひどく人手がかかる『労働集約型』産業には変わりがないんですね。このシステムで省力化を図りたいと思いました」

「雇用面では、製造業も重要だと考えています。ソフトウェアやサービスは市場を伸ばしますが、雇用を伸ばすのは製造業。水産に影響を与えるシステムを作ることで、沿岸部では第一次産業、内陸部では第二次産業と展開していけば、地域活性化ができるんじゃないか。そう考えて会社は炎重工、製造業として創業しました」

炎重工の1Fには魚を入れた水槽が広がっており、まるで超能力者かのような実験を行っている。

生体群制御システムは現在、対応魚種を拡大する実験が行われている。ウロコの有無や魚体サイズの違い、水質によって、電気触覚の最適パラメーターが異なるのだ。大きな魚には強い刺激が必要かと思いきや、大きな魚には弱い刺激、小さな魚は強い刺激でコントロールするのだそうだ。

海上では、自律移動する船舶ロボット(マリンドローン)を使う。船舶ロボットには、制御基板と電極、バッテリーと太陽光パネルが搭載される。魚を誘う船舶ロボットには自律移動アルゴリズムが使われており、これは「自動運転車の制御に似ている」とのこと。「飛躍的に完成度が高まっているので、2020年中に海上実験に移り、2021年からの実用化を目指している」とも。

すでに、湾ひとつとはいかないが、海上実験の場所と生け簀は用意されているのである。

エコなシステムは陸上でも用途が広い

陸上の環境問題にも、実は生体群環境システムが活躍できる。

「タイルのようなパネルの表面に、電極がいっぱい並んでいるものをイメージしてみてください。それを使えば、いろんな生物を誘導できそうでないですか?」

それは、ゴキブリなどの害虫、ネズミなどの小動物を駆除するためのシステムになりうる。薬剤を使わずに確実な効果をもたらすため、エコで安全。食品工場などが重宝しそうだ。危険な外来生物ヒアリなどを効率よく駆除するためにも使えるはず。

このようにアイデアを広げながら順調に開発を進めてきた炎重工は、起業4年目を迎えている。ここからの成長を、古澤はこう語る。

「僕たちは、スタートアップの投資ラウンドでは『シリーズC』に相当してきていると思われます。これまでとはレベルが違う資金調達が必要になっているんです」

仕事環境は、大自然。現場は、海洋。巨額の設備投資が必要になるのは間違いない。

「湾をまるごと買い取るとなると、国家プロジェクト並みに1000~2000億円。せめて開発費として、10億円。投資に見合う成果を達成する準備はできています」

求ム、投資家。まったく新しい漁業と、世界中が食べたがるおいしいお寿司のために。

生体群制御システムの有用性を世界に示せれば、水産業だけではなくさまざまな生物のコントロールに対して異次元のソリューションを提供できるかもしない。

プロフィール
古澤洋将(ふるさわ・ようすけ)
岩手県滝沢村出身、1982年生。2007年、筑波大学大学院システム情報工学研究科を修了し、CYBERDYNE株式会社に入社。ロボットスーツHAL福祉用及び医療用の電装系設計に従事。ISO13482/ISO13485/IEC60601/IEC62133などの認証取得、製品上市を経験する。東日本大震災を機に退職・帰郷し、2016年2月に炎重工株式会社を設立。


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