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胃や大腸といった消化管にできるがんの発見は、内視鏡の検査で病変をダイレクトにキャッチするのが、いちばん確実な方法なのだという。一般には、胃カメラ(上部消化管内視鏡)、大腸カメラ(下部消化管内視鏡)といったチューブ式の内視鏡が使われる。しかしこれは、口や鼻からまたは肛門からつながるカメラ付きの管を無理やり突っ込んで目視するため、だいぶ野蛮な検査でもある。
「あれ、気持ち悪いですよね。私だって苦手。できれば胃カメラの検査は受けたくない(笑)。自分が嫌なのでもっと良い方法はないかと模索してきたわけなんです」
消化器内科医として、臨床から研究まで広く活躍する大宮ですら、「苦手」と言い切る胃カメラ。一般の人が「胃カメラ」と聞くだけで拒絶反応を示すのも無理もない。
それでも最近は、新しい機器が登場している。以前はくねくねと伸び縮みする自由腸管である小腸には内視鏡が入れられなかったが、現在は「バルーン内視鏡」が開発されている。チューブすらなく、カメラ入りの小さな固体を口から飲み込み、肛門から排泄するだけの「カプセル内視鏡」も開発されている。
大宮が「負担が少ないのでとても良い」と気に入っているのが、カプセル内視鏡だ。カプセル内視鏡は、2000年にイスラエルのギブン・イメージング社(現メドトロニック社)が開発、2004年には日本でも研究目的の使用が始まり、2007年から段階的に保険適用、現在は医療現場に浸透しつつある。当初は小腸用が開発され、次に大腸用が開発されたとのことだ。
「検査しながらいつも、『どうして小腸用、大腸用なんだろう』と考えていたんです。せっかく飲んでいるのにもったいないでしょう? 口から食道、胃、小腸、大腸、肛門まで、一度で全部見れてしまえば良いのに」
その理由は、各部位の詳細な観察ができないから、だ。特に食道や胃には、カプセルが長く留まってくれない。飲み込まれたカプセルは2秒もかからず、胃に到達する。内部が広い胃袋は、噴門(入り口)や上部も良く見ておきたいところなのにカプセルはコロコロと下部に落ちていってしまう。チューブ式と違って、自重と蠕動で転がるカプセル方式ではたくさんの死角ができてしまい、見落としが出てしまうのだ。
「カプセルのメリットを活かすにはつまり、体外からカプセルの位置をコントロールすることが必要です。こう考えたのは私だけではありません。実際、医療機器メーカーがMRIや透視台のような磁気誘導装置を開発しています。ですが、医療現場からすればそんなに大がかりな装置は現実的でない。医師が手持ちで簡単に動かして、カプセルを任意の位置に動かせるような装置があれば十分です。」
大宮が協力を求めたのは、磁気応用工学を得意とする、信州大学工学部の田代・水野研究室だった。研究室では当初、カプセルに磁石を追加して動かすことを考えたが、そうしたものは臨床ですぐには使えない。医療用として承認済みの機器に部品追加や改造をしたらそれは新規開発に等しく、人体への安全を担保できないからだ。「承認済みの市販のカプセルで動く誘導装置を」と、大宮はリクエストした。
研究室では、カプセル内のボタン電池に注目していった。ボタン電池を包むステンレスは、加工・変形による歪誘性マルテンサイト変態で磁性を持たせられる。よって、ボタン電池をうまく誘導する磁気誘導磁石を設計できれば、カプセル内視鏡本体を誘導できるかもしれない。
人体の表面からカプセルを誘導するには、10cmほど離した状態で磁束密度17mT(ミリテスラ)程度の磁界強度が必要であることが、基礎実験で判明した。装置には電磁石を利用することも考えられたが、冷却装置等が必要になって装置の価格が非常に高額になってしまう。普及と簡便性を優先したいと考えた大宮と研究室は永久磁石を使用することにして、磁石の配列を工夫しながら磁界強度の調節を繰り返した。
相互のやり取りと試行錯誤を経て出来上がったのが、「磁気誘導全消化管カプセル内視鏡」のシステムだ。このハンディーな道具をカプセル内視鏡を飲んだ患者の体表に当て、本人の体位変換を利用しながらカプセルを誘導していくという、単純で明快な検査法だ。
最初に胃の中のカプセルの撮像を見た時、大宮は「おぉ、こんななのか!」と、新鮮な感動を覚えたと言う。カプセルにはカメラが2個付いていて、消化管の内腔をほぼ360度すべて見渡せる。胃カメラのようにチューブでつながっていないために、視界をチューブやシャフトが邪魔をすることもなく、消化管の生理的な内腔をリアルに観察できるのだ。極端に言えば「今、胃の中にいる」と思えるくらい、体内を探検するような感覚が味わえるらしい。
「一般的な内視鏡は空気や炭酸ガスを入れながら見るため、ぺたんとつぶれて見えます。カプセルは水(腸管洗浄剤)の中に浮かんでいて、水中では小さな病変や平坦型のポリープも浮き上がった感じに良く見え、発見しやすい傾向があります」
カプセルの大きさは、11×31mmほど。重量は、5g。人体への安全を確保するために1回使用の使い捨てであり、一度の診断では数10万枚の画像を撮影する。
このシステムでは、カプセル自体を磁気誘導するため、体内滞留時間もコントロールできることもある。通常の使い方ならカプセルの排泄までに数時間から10時間以上かかるところ、4時間程度に短縮することも可能だとか(どこかで便秘のように動きにくくなっていたとしても誘導でスルスルいける場合もあるとのこと)。
問題は、「読影」(検査画像からの診断)だ。現在は臨床試験段階で丁寧に見ていることもあって、大宮も1例あたりの読影に3、4時間をかけている。だが、この全消化管カプセル内視鏡が普及していけば、「近い将来、AIによる自動診断も可能になると思う」と、大宮。
また、研究費の捻出も大きな悩みになっている。カプセルの実価は1個7万円。このシステムは、医療保険適用の機器・材料としての保険収載プロセスを踏んだうえでの発売を目論んでいるが、そのためには臨床試験および多施設共同研究を行う必要がある。臨床例を100例達成するだけでも、千万円単位の予算が必要なのだ。
それでも大宮は、「2020年度中に、現在実施している無作為化割付の対象比較試験(このシステムの使用/不使用での効果を実証する厳密でエビデンスレベルの高い試験)を100例達成、その後の多施設共同研究につなげていきたい」と、邁進中だ。
専門家以外はあまり知らない情報だと思うが、消化器系のがんは、人種や居住地域によって罹患率が違うのだそうだ。胃がんの場合はピロリ菌感染が関係しているため、アジアと南米に多く、欧米では少ない。比較的安価なシステムである全消化管カプセル内視鏡は、価格が安くなれば「胃がんが多いアジアや南米で広く貢献できるはずだ」と、大宮は考える。
また、胃がんが少なくて胃がん検査の関心が低い欧米だが、大腸がんは多い病気だ。大腸がん検査のニーズはあって検査の機器も熱心に開発されているのに(カプセル内視鏡もそう)、検査が高額すぎることがネックになっている。欧米では、内視鏡検査に麻酔科医の立ち合いが必要だからだ。麻酔がいらず、特殊な装置もいらないこのシステムなら、欧米でも気軽に消化管内視鏡検査が受けられるようになるかもしれない。また、消化器専門医がおらず、内視鏡やCT、透視装置のない僻地や離島などでもこの検査は可能である。
さらに、小児の内視鏡にも応用できそうだ、と大宮は言う。チューブ型内視鏡をうまく飲み込めない小児の検査では麻酔が必須で処置の難しさもある。11×31mmほどのカプセルなら、10歳以上の子供も薬を飲むようにゴクリと飲み込める。小児科レベルでも有効な検査方法になっていく可能性がある。
全世界に、人種を問わず、子供にまでと、全消化管カプセル内視鏡の活用が期待できる範囲は広い。しかし、直近の課題も少なくはない。
「磁気誘導装置は、メーカーと協力して生産体制に入って、より廉価にしていきたい」 「ゆくゆくは内視鏡カプセルのメーカーとも、内部に磁石を挿入する方向で交渉をしていきたい」
「装置の操作にはコツがいるので、検査方法のマニュアル化も急がなくてはならない」
忙しく臨床試験に取り組みながら、大宮は先の課題を洗い出しと策を考えている。
その原動力は、現場からの発想だ。「患者の病変をいち早く発見したい」「安価で簡便で負担のない検査方法を確立したい」という思いが出発点なのだ。
このシステムを、たかが医師の道具と言うなかれ。装置の磁石のかたまりには、現場発信の知恵と実感と努力と、発見されなくてはならない小さい病変を抱える人の未来が詰まっている。
プロフィール
大宮直木(おおみや・なおき)
1988年卒業後徳洲会病院勤務、2001〜2005年大学院、2007〜2008年アメリカ・バーナム研究所、2001年~名古屋大学医学部消化器内科助手、2006年~名古屋大学医学部消化器内科講師、2013年~藤田保健衛生大学消化管内科准教授、2015年~藤田保健衛生大学消化管内科主任教授(2018年10月から藤田医科大学に校名変更)。専門は消化管(特に小腸・大腸)疾患の内視鏡診断・治療、カプセル内視鏡、ピロリ菌による慢性胃炎から胃癌発生のメカニズムに関する研究、腸内細菌・糞便移植に関する研究、難治性消化管疾患の分子生物学的解明、大腸癌の早期診断法、バイオマーカーの開発。所属学会は日本消化器内視鏡学会東海支部(幹事)、日本カプセル内視鏡学会(理事)、日本小腸学会(理事)、日本消化器病学会(財団評議員)、日本消化器内視鏡学会(社団評議員)、日本内科学会(東海支部評議員)、日本消化器がん検診学会(東海北陸支部評議員)、アメリカ消化器病学会(Fellow)、日本消化管学会(代議員)、日本高齢消化器病学会(評議員)、日本大腸肛門病学会(評議員)。