2014年度の異能vationプログラム「破壊的な挑戦部門」に選出された谷口和弘の「耳飾り型コンピュータ」はひとことで言えばウェラブルデバイスの一種だが、その機能は非常にユニークだ。イヤフォン状のパーツに仕込まれた光センサーが、外耳道と鼓膜の動きを計測。そこから、眼球や舌の動き、咀嚼、表情などのデータを取得する。得られた情報は、健康医療情報としての活用が可能だ。また舌の動きなどによってスイッチのオン・オフ操作なども行うことができ、ハンズフリーのコントローラーとしても機能するようになっている。
谷口の専門はロボット工学で、特に外科手術を支援する医療用ロボットを中心に研究・開発を手掛けている。ロボットの研究を行う中で、プログラミングや電子回路の作成、機械工作など工学分野のひと通りの知識が身に付いていた。この、思いついたものを作りやすいバックグラウンドが、「耳飾り型コンピュータ」につながることになる。
ある日の深夜、所属する大学の研究室でロボットの研究を行っていた谷口は、気分転換でガムを噛んだ。かゆみを覚えて耳に指を入れると、ガムを噛みながら耳の穴の中がかすかに動くのがわかった。幸い、大学にはさまざまなタイプのセンサーがある。「面白い。これを計測してみよう」。谷口は2mm四方くらいの小さな光センサーを用意した。光を当て、反射する光を計測するセンサーである。
古いイヤフォンを分解して光センサーを仕込み、即席のイヤフォン型センサーを作る。「それで耳の中を計測したら、面白いように計測できたんですよ。朝までには、奥歯を噛むと音楽プレイヤーを再生・停止する仕組みもできていました」と谷口は楽しそうにその夜を振り返る。
翌日からも実験を続けると、耳からさまざまな情報が取れることがわかった。眼球の動きがわかる。まばたきするのもわかる。奥歯の噛み締めも舌の動きも耳の中の動きから取れるし、心拍や体表温も測ることもできる。
谷口は「wearable」(ウェアラブル)の「w」を外し、このデバイスを「earable」(イアラブル)と命名。「ear」(耳)が「able」(できる)との意味を含んだ、このデバイスにぴったりの名前だ。
画期的な谷口のearableは、大きな注目を集めた。ガムを主力商品のひとつとするロッテは、earableの機能を活かし、谷口と共同で咀嚼計測装置「ロッテリズミカム」を開発。咀嚼の情報から食事時間が把握でき、心拍なども測れることからearableは高齢者の見守りにも活用され、産学官医の連携による「広島発高齢者見守り支援システム」として結実した。
このようにearableは高い評価を得たが、谷口自身はearableに「決定的に欠けているもの」を感じており、それが異能vationプログラムへの応募へとつながった。
次回は、異能vationプログラムでの開発について聞いていく。
中編に続く