センシングできる繊維が持つ豊かすぎる可能性

何の変哲もなさそうな黒い布きれを手に、鳥光が熱弁をふるう。熱く語るのも当然で、この布きれは相当なポテンシャルを秘めた素材なのだ。ただ、一見するだけならどこにでもある布の切れっぱしにしか見えない。

例えば、最初に紹介するこの装置。黒い布に電極を付け、透明のプラスチック板に垂らしただけだ。スリットに手を出し入れしながら、鳥光が説明する。

「これ、今は感度を抑えてありますけど、こうするだけで反応します。超音波や赤外線を使わなくても人感センサーになってくれる。カーテンや壁面インテリア、ぬいぐるみなどに加工すれば、見守りに使えそうです。設置する高さによっては人間の判別もできますよ。メッセージやIDを授受できそうなので、人体間通信にも応用していこうとしています」

この布きれは、導電性があって非接触センシングが高度に実現できる新素材だ。スポーツや医療・健康分野での応用が視野にあり、「生体適合性」を特に重視しているのも特徴。天然素材のシルクや和紙で多機能化が追求されている。

実験で使われる布はシルクに導電性の高分子を重合させたもので、塗布したものや縫い込んだものと違い、洗うこともでき柔軟性もある。

研究室では、イスの座面に和紙の電極を4カ所設置した装置も稼働していた。これはイスに座るだけで荷重をセンシングし、わずかな動きをモニターする。さっそく座ってみた。

「臀部の左右、大腿部の左右の荷重が、ここに座るだけで測れます。うーん、右側のお尻が左側に比べて若干軽めですね。体が左側に傾いているようです。それと、前側に荷重がかかっているから前傾姿勢になるクセがあるのかな。4カ所均等な荷重になるのが理想です。このまま長時間座っていると負荷のかかる部位に不具合が出る可能性があります」

ほんの数分の着席なのに、鳥光は体験者の姿勢の歪みを的確に指摘していく。体験者もモニターを見ながら、即座に姿勢を修正できる。データは100ミリ秒ごと、モニター表示されると同時にサーバーに上がっていて、解析結果はヒストグラムと姿勢の状態でフィードバックされてくる。

これを使えばこのように、日常生活の中で長期間の身体データ計測が可能になる。モニターされる人間の負担は極めて軽い。なにせ、機器を巻きつけたり貼り付けたりすることなく、ただ腰をかける、それだけなのだから。

取材スタッフが和紙の電極を設置したイスに座り姿勢を調べてもらった。ふだん意識していないレベルの座り方のクセもグラフで見える。

「今はイスですが、寝具のシーツになれば? 靴の中敷きになれば? 寝ている時間、座っている時間、立って活動している時間と、1日中のデータを取れます。それを1週間、1カ月、1年と蓄積していくと、季節ごとの変化や経年変化もわかっていきます」

わずか2例、それもどちらかというと簡素な装置を体験しただけで、こうなのである。ほんの少しの体験でも、すぐそこにある未来の生活風景までが想像できるではないか。この布地の持つ可能性は豊かすぎるほどなのだ。ニーズとアイデア次第で、応用事例はどんどん増えるに違いない。

訪ねた東北大学の研究棟の前には「光通信発祥の地」の石碑がたてられていた。テレビやレーダーで世界的に知られる「八木・宇田アンテナ」もこの地で生まれた。

モヤシ博士ならではの斬新な発想とこだわり

現在は東北大学で医療工学を中心に研究をする鳥光だが、もともとは「モヤシ博士」だった。大学時代の専攻は、計測工学。教授の指導で鳥光は、生体の細胞活動の計測と評価をすることになり、安価で扱いやすいモヤシを対象にした。当時の工学部ではまだ珍しかった融合領域がテーマの研究だった。

「NMR(核磁気共鳴)を用いて、細胞レベルでの挙動解析や成長の電気的制御に取り組んだんです。それで巨大モヤシを作ろうと(笑)。モヤシの電位を測ると根っこの先端はマイナスで、電位勾配があると養分が吸収されるんですね。養分の吸収には一定のリズムもあって、リズムを増長させるとモヤシは数倍の大きさに成長する可能性があるんですよね」

この論文で博士号を取得したから、鳥光はモヤシ博士なのだ。その後鳥光はNTTに入社、脳の研究をすることになる。脳の研究では「記憶学習」にフォーカスし、脳を細胞レベルで分解、工学的に再構成していくアプローチを取っていった。「人工シナプス」を作って脳に接続するインターフェースを作るといった医療的な研究を行ったという。

生物の細胞レベルの研究から、当時注目されていた「バイオコンピューター」、そして、脳活動を調べるために導電性の布や和紙にたどり着いた。2転、3転したように見える研究テーマだがヒトや生物への思いがある。

研究では、動物の脳を培養して脳波を測定する必要がある。脳細胞は非常にデリケートで傷つきやすいため繊細なガラス電極を使うのだが、ガラスの固さがどうもよくない。プラスチック系の高分子膜を使ってみたが、シワができると固い尖りができてしまう。

「そこで、生体と相性の良い、柔らかい生地のような素材がないかと探したんです。そうしたものには当然、電気が流れません。調べるうちに、液晶パネルの材料に使われる導電性高分子、PEDOT(ピードット)の適合性が良いということがわかりました。PEDOTは、基材や溶剤の組み合わせによって面白い特性が出てくる材料なんです」

この発想は、モヤシから出発して植物細胞・動物細胞、生体全般に精通する一方で、材料工学にも詳しい、鳥光ならではかもしれない。特に素材の質へのこだわりは、融合領域を手掛けてきた鳥光の面目躍如といったところだろう。

PEDOTの上で神経細胞を培養したところ、細胞は電極の上に伸びてきた──細胞が好んでいる。長期間、安定的にデータが取れて、電導性も良い。

「またシルク(絹糸)は、セリシンとフィブロインというタンパク質からできていて、非常に生体適合性が高いんですね。これにPEDOT-PSSやPEDOT-pTSを重合反応できれば、これまでにない生体機能計測のツールができるのではないかと考えたんです」

シルクや和紙と新しい電極糸で作った電極に鳥の脳細胞を載せたところ、成長にしたがっての脳波の変化が正確に取れ、孵化寸前の脳活動の活発化が観測できた。生体内のウェット環境下での素材性能が確かめられたのである。

この電極は現在、脳深部への脳刺激など、人の医療への応用が模索されている。

刮目せよ! カイコが拓く未来のスゴさに

鳥光は、2015年に学内ベンチャー「エーアイシルク株式会社」を設立。これにより、導電性のあるシルク繊維による多角的な製品開発が、いよいよ現実的になってきている。また現在は、電極糸の広い展開を狙い、伸縮性のある材料での開発を手掛けており、新しいベンチャーの設立を目指している。貼らなくても、巻きつけなくてもセンシングができる素材を実現するためだ。

「この布が魅力的なのは、天然素材が電極になって、そのままセンサーになるところなんです。皮膚に直に接触させれば、心電図や筋電図が取れます。直に接触させなくても、荷重や比重や位置がわかります。羽織るだけでモーションセンシングができるから、カメラなどの付帯装置は要りません。取り扱いが簡単なので、誰でもすぐに扱える製品ができていくでしょう。点計測ではなく、面計測ができるのも便利。例えば、キーボード代わりになる手袋型入力装置など、できるはずですよ」

導電性のシルクや和紙を実用化するベンチャーも立ち上げている鳥光氏。スポーツ分野での応用が見えてきているそうだが応用分野はまだまだ広がるとみている。

「さらに、電波の遮断もできるんです。またシルクには『空気電池』として働く作用があって、少量の水があれば1.2〜1.5Vほどの発電ができます」と、メリットは限りなく並ぶ。聞けば聞くほど、この素材に囲まれたスグソコ未来が見えてくる。

「少し遠い未来の話をすると、宇宙で実験をしてみたい」と、鳥光。無重力状態でカイコが吐き出す糸は余分なタンパク質を除去する精錬工程が要らず、地上の1.5倍の強度になるのだそうだ。

もしも宇宙にカイココロニーを作ったら……地球から持って行くのはカイコの卵だけ。育てば成虫カイコは食料になる。糸を織ったら衣服ができて、電極に使ったら健康状態をモニタリングでき、動力源にもなる。究極的にミニマムなエコシステムを、カイコが作り出すのか!?

鳥光いわく、生体としてのカイコは万能な人類のパートナー、というわけだ。

 

プロフィール
鳥光慶一(とりみつ・けいいち)
1958年東京生まれ。1980年慶應義塾工学部計測工学科卒業、慶應義塾大学大学院工学研究科修士、博士課程を修了し、1986年博士号(工学博士、計測工学専攻)取得。その後日本電信電話株式会社基礎研究所を経て、2012年に東北大学大学院工学研究科特任教授として着任。その間、京都大学再生医科学研究所、オックスフォード大学客員教授等を歴任。2015年に大学発ベンチャーを創設。現在に至る。専門は、神経科学、ナノバイオ、医用工学。2010年より繊維電極研究を開始。

関連URL:
http://torimitsu-lab.jp/