視界で捉えていないモノを身体で感じられたら──。
2015年度に異能vationプログラムで破壊的な挑戦部門に選出された松本光広が目指すのは、人間の身体性を拡張する「超人化スーツ」だ。これは、ベストと帽子に小型の超音波センサーがいくつも取り付けてあり、後ろや上からモノや人が近づくとセンサーがそれを検知し、振動で知らせるものだ。
センサーが飛ばした超音波が、モノに当たって返ってくるまでの時間によってその距離を計測。それぞれのセンサーにはスマートフォンに入っているようなブルブル震える振動子があり、モノや人をセンサーが検知すると震えて背中や頭に振動を伝えてくれる仕組みだ。
現在は、センサーの感度を5~6mほど近づくと震える仕様。近づく距離によって振動の度合いを変えることも可能だが、現状は度合いではなく、ある一定の距離、たとえば5mでセットしたときは5m以内にモノが入ったら振動するとのことだ。
では松本はなぜ、超人化スーツの発想に至ったのだろうか。
「私は現在、神奈川大学に勤めていますが、その前は福岡の久留米の高等専門学校の先生をやってました。そこの事務室の前に研究の助成を行うプログラムのチラシがいくつか置いてあって、デザインが斬新だったので異能vationのチラシを持って帰ったのがそもそもの始まりです。そこでチラシを見なかったら、永遠に縁がなかったと思います。調べてみると、ほかの助成とは違って創造的なもの、独創的なもの、ゼロからイチを作り出すようなものを支援するプログラムだということがわかりました。そこで何か提案してみようと思って考え始めたんです」
驚くべきことに、松本は異能vationプログラムに応募するまで、超人化スーツのアイデアを持っていなかったという。プログラムに挑戦するために考えついたのが超人化スーツだったのだ。
「異能vationプログラムに何かを提案するために、世の中に必要なのはどういうものかを考えました。そこで、モノが近づいたり、人が近づいてきたりしたときに身を守る術がないだろうかと思ったんです。モノが落ちてきたり人が襲ってきたりしたときに事前に察知できれば、自分の身を守ることができるだろうと」
もちろん、松本はもともとセンサー技術の素人ということはなく、レーザー光による距離計測技術には親しみがあった。近年では、自動車の運転サポートやロボット掃除機のルーティングなどでお馴染みの技術だ。
「距離を測れる技術があるという知識は持っていて、人が危害を事前に察知できるようにするというアイデアが浮かんだとき、超音波センサーを使うことを思い付きました」
奇想天外でアンビシャス(=へん)な「人・発想・技術」のサポートを標榜する異能vationプログラムでは、破壊的な挑戦部門に毎年4ケタの応募があるが、その応募者の中から松本の挑戦が選ばれた理由を本人はどのように考えているだろうか。
「自分だとわからないところがありますが、必要性というか、こういうものが作れたら人が危険を回避できて安全になるということをロジカルに説明できたことがひとつ。それと空想の話ではなく実現性がある、実際に形にできることをしっかり説明できたことがひとつ。さらに、それまで世の中にないものだったということでしょうか」
ロボットや機械などにセンサーが付いていることはよくあるが、人間がセンサーを身に纏うという研究はあまりない。
「人間にセンサーを付けようとしている研究は、調べるといくつかあります。一例だと、ロボットに付けるセンサーを人間の後ろに置き、センサーが受け取った情報をパソコンで処理して人に振動で伝えようとするようなものです。しかし、人が服のように着込んで、着たまま独立して動けるというものはまったくなかったですね。そういうものができるということを証明できたのは、私が初めてだったと思います」
次回は、超人化スーツ実現への道のりを聞いていく。