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“おもらし”をエンタメ体験しよう! 感覚の不思議の体験は、ヒトの不思議の探求につながってる!

亀岡嵩幸

亀岡嵩幸(電気通信大学修士2年・梶本研究室)は「失禁体験装置」をエンタメコンテンツに改変している。
取材:羽根田孝輔、文:窪木淳子、翻訳:株式会社フジヤマ、写真:合同会社アディングデザイン

この写真を見て何の装置かすぐに分かる人は少ないだろう。世界でも珍しい失禁体験装置だ。

「失禁体験装置(尿失禁感覚再現装置)」とは、つまり“おしっこのおもらし”を疑似体験できるデバイスだ。このキテレツなコンセプトの装置に、亀岡嵩幸は極めてマジメに、もう6年も取り組んできている。

失禁研究グループ

2015年には「失禁研究会」を設立して運営を始め、本来の学業や研究活動と並行しながら、装置のビジネス化の道も模索してきた。

「きっかけは、ものづくり同好会です。学園祭向けに『面白いものをつくろう!』となってアイデアのブレストをしたんですが、その際に出てきたキーワードが“おもらし”でした。アイデアはいろいろ出たけれど、なぜか一番ウケがよかったのが“おもらし”だったんです」

「なぜ“おもらし”であんなに盛り上がったのかは、今でもちょっと不思議」と亀岡は笑うけれど、それは正解だった。排泄は人間の根源的な行為であり、排泄に伴う「快・不快」の感覚は、体内の器官や組織、脳機能との複雑な連携によって生じているはず。そうした人体の内受容のプロセスは、まだまだ謎に満ちている。

実際に失禁体験装置を作ることになったものの、装置を完成させるには時間が足りなかった。学園祭ではコンセプトの掲示だけになったが、思わぬ反応があった。

「来場者からフィードバックがありました。お医者さんからは『手術後にうまく排泄ができなくなった人のリハビリに使えるかも』、小さいお子さん連れのお母さんからは『子どものおむつ離れの練習に使える?』——実用的なアイデアをもらいました」

学園祭の出し物が、意外な展開で研究となったと語る亀岡氏。

発想の転換もあった。

「僕たちの視点は、“排尿をうまくやりたい、尿失禁をさせない”というところにあって、『だから体験できたら面白い』だったんですね。ところが、あえて“排尿を促す、尿失禁をさせる”ことで役立てるという、僕らが思いつきもしなかった真逆の視点があることに気づいたんです」

亀岡は、世の中の排泄事情を調べ、その実態に目覚めていった。製品として介護用おむつや尿漏れパットがあってCMが流れていることでもわかるように、正常な排泄ができずにこっそり悩みを深めている人は特別な人ではない。大勢いるのだ。今は問題を抱えていない人であっても、疑似体験ができれば関心を高めて、理解を深めることができる。介護教育や医療面でも大いに役立つかもしれない。

装置の開発

挑戦的なテーマだと思った亀岡は、装置を作るうちに、エンジニアリング的な工夫の必要性、電子工作や機械工作の楽しさにも惹き付けられていった。

最初の装置は、椅子に着席して体感するタイプ。そこからモジュール化、小型化が継続的に図られて、現在の装置は、立位着衣タイプのバージョン6になっている。

装置の機構には、当初からのアイデアが活かされている。空気圧バルーンで下腹部を圧迫(膀胱の膨満感の再現)、ポンプで内股部のチューブにお湯を流し(尿の温かさと“おもらし”で衣服が濡れる感覚の再現)、冷却ファンと振動子で首筋に冷気と振動を与える(排尿時の悪寒の再現)、というものだ。

「排尿量や温度といった要素は、実際に計測しています。しかし、温度なら、排尿の温度、皮膚での表面温度、チューブを流れるお湯の温度と、かなり差があるんですね。実測のデータ通りの再現だとリアルな体感には結び付きにくい。『体験した人がどう感じるか』で、調整を繰り返してきました」

具体的には、お湯の量は『あ、これは排尿したな』と感じる多めの量、温度は着衣でも『尿だな』と感じられる40〜50度の設定にしている。人に見られてもよいように着衣で行う体験なので、衣服を濡らさないのも大前提だ。

失禁体験装置の装着が終わったところ。

失禁体験装置をまさに体験中の被験者。『尿だな』と感じられる40〜50度のお湯が衣服の下に溢れる。

エンターテイメントとしての失禁体験

「最も大事にしているのは、“体験としてのデザイン”なんです。エンターテイメントとしての失禁体験を目指しているんです」

エンターテイメント? そう、亀岡は、この装置を介護教育や医療リハビリの現場に普及させることを考えているが、ネガティブなイメージでしかない失禁体験を、ポジティブなエンタメコンテンツとして成立させることも狙っている。

ゲーム関連会社とコラボした体験会では、アトラクションを体験した後のように笑顔で、『すごく気持ち悪かった』『楽しかった』『気をつけようと思えた』と言ってもらえた。ジェットコースターに乗る時のように、乗車前の不安と緊張、上昇時の期待と興奮、乗車後の解放感——そのような一連の感情の流れを、失禁体験の尿のガマンから排尿のスッキリまででも感覚しているのかもしれない。

「失禁を嘲笑うのではなく、共に笑うためにも、エンタメの力は不可欠だと思っています」

失禁研究会(https://urealabyrinth.wixsite.com/incontinence)は、HPで装置のレンタル申し込みや、コラボレーションプランの受付も行い始めている。これは、「知見を広く共有する研究者」「ビジネス感覚を持って企業と連携する研究者」を目指す亀岡の挑戦の一端でもある。

現在はまだ修士課程に在籍する亀岡の主研究は、VRだ。今後、この失禁体験装置は、ヘッドマウントディスプレイを使った没入感の演出を加え、さらに効果的な失禁体験につなげていく予定になっている。それが実現すれば、物理的なアプローチからの尿意ではなく、自分内の意識だけで錯覚の尿意が生まれたりするのかもしれない。

ほかに亀岡は、「触覚」の研究も行う。とりわけ注力しているのは「粘着感」の研究。指先で感じるペタペタ、ベタベタといった粘着感を、顔面で感覚させるプロジェクトが始動している。ヘッドマウントディスプレイ以外の装着デバイス(グローブなど)は使わない。HMDと吸盤だけで、手のペタペタ感覚を顔で感じさせるのだ。(「粘着感」の研究と「HMDに触覚提示装置を内蔵する」研究は関連する部分はあるものの現在は別のプロジェクトとして始動中。)

このように、人間の感覚は再現されて網羅的に研究されていく必要があると、亀岡は言う。

「私が手がける粘着感もそうだし、温度の知覚、ザラザラ、ツルツルといったテクスチャーの知覚……さまざまな知覚が研究されているんですよ。触覚だけでもたくさんの研究が積み重ならないと、万能な触覚を提示できるようにはならない。そして、それが人間の感覚のメカニズムの完全な解明につながっていくんです」

失禁体験装置は、機会があれば海外での体験会もやってみたいそうだ。今のところのリサーチでは、海外での反応は「未知数」。“恥”の文化が強く、排泄に対する羞恥心も強い日本だが、装置は好意的に受け入れられている印象がある。

国や文化が変わった時、“おもらし”体験はどんな印象で受け止められるのだろう? 反応の温度差から、国内外での失禁体験への認識がまた徐々に変化をしていく、なんてこともありそうだ。

エンターテインメントとしての失禁をめざす。

プロフィール
亀岡嵩幸 (かめおか・たかゆき)
電気通信大学大学院 梶本研究室 M2。2014年に電気通信大学に入学し失禁研究会を設立。以降代表として失禁体験装置の開発を行う。専門はVR、特に触覚知覚のメカニズムの解明と触覚提示装置の開発を行う。

HP: https://urealabyrinth.wixsite.com/incontinence?lang=en

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